【第1章】本当に自分はこのままでいいのだろうか

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中川侑人の物語1

【目次】
第0章 中川侑人はいま何をしてどんな生活を送っているのか?
第1章 本当に自分はこのままでいいのだろうか
第2章 探していた答えが見つかる
第3章 新たなる問題に直面する
第4章 ネットビジネスとの出会い
第5章 ”真の安定”とは何か?
第6章 人は必要な時に必要な人と出逢う

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2009年10月2日、僕は学校を退学し、
その5ヶ月後の2010年3月6日、オーストラリアへと渡った。
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高校卒業後、僕は美容専門学校に通っていました。

 

美容専門学校は入学するのに難しい試験はないので、
言ってみれば誰でも簡単に入学することが出来ます。

しかし、入学してからは厳しい規則があり、
もの凄い量の課題が課せられる忙しい毎日でした。

 

その結果、だんだん学校に来なくなる人も出てきて、
一緒に入学した仲間が次々と退学していきました。

それでも僕は毎日朝早く起床し、重い荷物を持って
電車で1時間以上かけて学校に通っていました。

 

朝練をするために早く学校へ行き、
その後朝9時から授業が始まります。

夕方4時に授業が終わってからも学校に残って自主練をし、
その後、急いでバイトへ直行。

夜中にバイトが終わってから家に帰り、
夜遅くまで課題をやってから就寝。

そしてまた朝早くに起床。

こんな毎日を送っていました。

 

このように来る日も来る日も
学校、自主練、バイト、課題・・・
という忙しい毎日を送ってはいましたが、自分が選んだ道だし、
充実していたので全く苦痛ではありませんでした。

それに一度でも授業に遅刻したり欠席すると、就職に支障が出るし、
なによりその後の授業についていけなくなってしまうので、
大変でしたが毎日満員電車に揺られ学校に通い続けました。

しかし、美容専門学校に入学してから半年が経ったある日の早朝、
ふとこんなことを思いました。

 

「本当に自分はこのままでいいのだろうか。」

 

何故かはわかりませんが、突然疑問に思ったのです。
特に何かあったわけではありません。

 

でもこのまま学校に通い続け卒業し、
その後、美容師になって生きていくという人生で
本当に良いのだろうか?と疑問に思ったのです。

 

そもそも僕が美容専門学校に行って美容師になりたいと思ったのは
高校生の時に洋服がが好きで、よく原宿に行っては服を買いあさり、
雑誌に出ているオシャレな美容師さんに憧れを抱いたのと、
サラリーマンにはなりたくないという思いがあったからです。

 

そして、僕にはもう一つやりたいことがありました。
それは海外で生活するということです。

 

というのも、僕は英語が好きで県立の国際高校に通っていたのですが、
この学校には海外からの留学生や帰国子女ががたくさんいました。

また、この学校には海外留学制度があったので
僕も在学中に留学をしたいと思っていましたが、
金銭的な事情などがあり、留学することが出来なかったのです。

 

「本当に自分はこのままでいいのだろうか。」

 

この言葉が思い浮かんだ日から僕は日に日に
「海外へ行きたい」という思いが強くなっていきました。

だったら美容師の資格を取って卒業してから行けばいいじゃないか。
もしかしたらそう思われたかもしれません。

確かにそうです。
それがベストです。

 

しかし、僕にはその選択が出来ない事情がありました。

 

僕の家は母子家庭ということもあり、奨学金で学費を払っていました。

学費は消耗品や交通費、海外研修など全て含めて2年間で400万円近くかかります。
そしてその奨学金は卒業後、7年間で返済していくというものでした。

つまり卒業したらすぐに働き、
この奨学金を返済していかないといけないのです。

 

ですが、美容師って本当に給料が低いです。

なのでその中から家賃や生活費を払い
さらに奨学金の返済をしていくとなると貯金なんてほぼ不可能です。

また、20歳で学校を卒業して27歳で返済が終わったとしても、
その後は独立も考えていかなくてはいけないので、
留学なんてしている時間もお金はないのです。

 

なので僕にはどちらか一方を選択するしかありませんでした。

悩みました・・・

美容専門学校に行くこと決めた時も反対する母を
なんとか説得し入学したということもあり凄く悩みました。

 

それから1ヵ月間、僕は誰にも相談することなく
いつも通り学校に通いながらどうしようか悩み続け、
最終的に僕が出した答えは「美容師を諦め、学校を退学する」でした。

そしてこの決断を母に伝えました。

 

「俺、学校辞めるわ。」

 

その言葉を聞いた母は鬼のような形相で僕を睨み激怒しました。

 

「は?あんた何言ってるの?ふざけんじゃないよ!!!」

 

母が激怒するのも当然です。
そもそも専門学校は反対をする母を説得して入学したし、
いままでマジメに学校に通っていたのに突然辞めると言い出したのですから
怒るのもビックリするのも無理ありません。

僕は怒りで震える母をなんとか落ち着かせ、
自分の想いを全て話しました。

 

海外で生活をしてみたいということ。
そして自分が本当にやりたいことは何なのか、
将来どうなりたいのかをもう一度考えたい。

 

説得の末、なんとか母の同意を得ることが出来ました。

 

そして次は、担任に学校を辞める旨を伝えましたが、
なかなか納得してもらえず、最終的に親まで学校に呼び出される始末・・・

しかし、僕の意志はもう決まっていたので、
最終的には担任もしぶしぶ退学を認めてくれました。

 

そして最後にクラスメイトにも
学校を退学することを伝えると、みんな驚いていました。

それもそうでしょう。

普通はだんだん学校に来なくなって
最終的に学校を辞めることになるという流れがほとんどなのに、
僕は毎日学校に通い続けていたのにも関わらず
突然、学校を辞めたのですから。(笑)

 

こうして僕は友達に別れを告げ、学校を退学しました。

学校を退学したのは良いものの留学するお金が全くなかったので、
資金を貯める為にそれから5ヶ月間、
もともと働いていたバイト先で毎日死ぬほど働きました。

朝8時から夜12時までの16時間労働を何日もこなすなど、
とにかく死に物狂いで働きました。

「海外で生活する」という明確な目標があったので
精神的には全く辛くはなかったのですが、
身体はそうではなかったようである日高熱をだし、
ぶっ倒れて病院で点滴を打ちながら3日間寝込んだこともありました(笑)

 

と、こんなハプニングもありましたが、渡航直前まで働き、
無事に留学資金を貯めることが出来ました。

そしていよいよ、日本を離れオーストラリアへと渡ります。

【第2章】探していた答えが見つかる

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    • 高橋裕也
    • 2014年 4月13日

    この文章を読んでとっても共感したのでメールしました。

    また、僕はBillionaire Design メビウス購入者

    でもあります。

    名前は高橋裕也といい、現在は研究者(児童学の専門家)として活動する一方、

    メルマガを主体ととして読者さんに情報発信もしています。

    さて、僕が共感した部分というのはどこだったんのか?

    そこを話さないと「なんだこいつ?」的な感じの印象になると思うので、

    話をさせてください。

    実は僕も高校卒業後、美容学校に通っていました。

    毎日、毎日朝早くからの朝練とぎゅうぎゅうにつまったカリュキュラムにその後の夕練。

    また、忙しくても毎日バイトに行かなくてはならない・・・

    正直、寝る時間が全くなくて、死にそうでした。

    そんな活動が一年もすぎて、二年になった時、

    僕の体に変化がおこりました。

    その変化とは?

    僕は当時、美容学校に通いながら美容室のバイトをしていたので、

    毎日たくさんのお客さんに対してシャンプーをしていました(一日50人くらい)。

    そのせいもあって、もともと子どもの時から肌の弱い体質だったこともあって、

    手の皮がむけるようになってしまいました。

    なんとなく誤魔化して学校と仕事を両立していたのでですが、

    ある時、病院行ったら・・・

    「高橋君は一生美容の世界で生きていくのは厳しいよ!肌荒れからは逃れられないでしょ?」

    そんなことを言われました。

    僕は自分のこれまでの一年間の努力が全くの無意味になることが許せなくて

    悔しくて悔しくて泣きました・・・

    はじめての男泣きでした。

    でも、泣いていても悔やんでいても未来はよくならない。

    だから、美容学校を辞めて本当にやりたい事を見つける旅に出かけたのです。

    バックひとつでヒッチハイクで日本中を旅してまわりました。

    そして、旅の途中でお世話になった保育士さんから

    「あなた子どもと関わる仕事に向いてそうだから勉強したら?」

    とアドバイスしてもらい、早々に実家に帰ると、

    僕は死にもの狂いで勉強をしました。

    そして勉強の合間にパチンコ屋のバイトもしていました。

    そんな努力のかいもあって僕は大学に入学し、卒業し、大学院に入学し、卒業し、

    研究者になったのです。

    で、ここでBillionaire Designとメビウス購入についてもすこし触れさせてもらうと、

    自分のこれまで学んできた専門知識をもっと広く多くの方に役立てたいと考え、

    そのためにインターネットを活用するのが最も効率的なのではないだろうか?

    そう考え、購入にいたったというわけなんです。

    なんか長々と書いてしまいました。

    でもそれは、同じ立場であったという共通点があったからだと思います。

    それではまた記事の更新などありましたらコメント書かせてもらいますね。

    ではまた!

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サイト運営者:中川侑人


19歳の時に専門学校を退学し、日本を離れオーストラリアへ。
海外生活中にこれからの人生の生き方を見出し、帰国後インターネットを使ったビジネスを始め会社を設立。
会社に勤めなくても個人がインターネットを使ってビジネスをして、好きなことをしながら自由な毎日を送れる人を増やす活動をしています。

【活動内容】
・WEBコンサルティング
・WEBデザイン制作
・コンテンツ販売
・アフィリエイト
・留学エージェント業 etc...

【コンサル生の指導実績】
20歳の大学生が5ヶ月でアフィリエイト報酬610万円を達成。お子さんのいるサラリーマンがデザインで月150万円稼げるようになり脱サラなど、 多くのコンサル生が数十万~数百万の結果 を出しています。

【好きなこと】
僕は高級車に乗りたい、高級時計をつけたいといった物欲は全くなく、 国内海外問わず色んな場所へ旅行をしたり、新しい体験することに価値を見出しています。




実績


・会員制コンサルサービスの募集で1200万円の売上げ
・プロモーションによる企画販売で5日間で800万円
・和菓子屋、美容院、ネットショップなどへのWEBコンサルティング多数(案件により報酬は異なる)
・弊社がデザインや設計、文章作成などを行ったセールスレターからの売上合計は数十億円以上 etc...

中川侑人の販売商品:MeVIUS-メビウス-

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